保育者から、子どもの表情について、こんな声が聞かれるようになりました。
「子どもたちの表情が、豊かでなくなっている気がします」と。
顕著に感じる場面は、動画を見ている子どもたちの表情だそうです。
最近では、動画を上手に活用してあっという間にダンスを覚えてしまう子どもたちも多くなりましたが、振り付けを覚えて動くことが出来ても、その表情が乏しいことを危惧する保育者もいます。
デジタルツールが身近になった現在、子どもであっても日常的に利用されることが多くなりました。
子ども向けのアプリや動画など、趣向を凝らしたものも多く見られます。
その一方で、依存傾向も心配されています。
実際に、「渡すと静かになるから・・・」などの理由で、おむつ替えや電車での移動など、子どもに静かにしてもらいたい場面に活用する保護者の方も少なくありません。
社会全体で子育てを温かく見守る雰囲気が薄れている中、苦肉の策ともいえます。
しかし、大人と違って未熟である子どもたちにとっては、一方向の受け身の経験よりも、アナログな体験、つまり人とのコミュニケーションや自分の身体を使った実体験がもっとも重要です。
先ほどのダンス動画のエピソードから予想されることは、「上手に真似をする」ことに重きがおかれ、「自分の身体を使って表現をする喜びを感じる」ことが出来ていないから生まれたことだろうと思います。
今日は、「表情について」「直接体験の重要性について」を中心に、お話しようと思います。
1. 表情と心理学
2. 試行錯誤を楽しむワクワクの体験を与えよう
3. バランスの取れた保育
1.表情と心理学
人間は、人からの刺激に対してとても敏感な生き物です。
生後まもない新生児であっても、大人の顔の動き(舌を出したり口を窄めたりするなど)を模倣するといわれており、この現象を「新生児模倣」といいます。
また、親の愛情豊かなかかわり、例えば優しい声で語り掛けたりすると、その声に合わせるかのように乳児が手足を動かしたり、声を出すなどの反応をすることがあります(これを「エントレイメント」といいます)。
赤ちゃん自身は意識していなくても周りの表情や声掛けに巻き込まれていくその姿は、人間にとって「人からの刺激」が大切なのだと訴えているようにも見えますね。
新生児を過ぎ、反射的な動きや表情が見られなくなると、自分の意志を持って「表情」を通じて感情を伝えるようになります。ご機嫌の時は笑顔、おむつが汚れて不快な時は泣き顔というように。
そしてその表情に応答するように大人がお世話をすることで、愛着が形成されます。
大人になると、表情と感情は同じとは限りませんが(例:噓泣きや作り笑いなど、感情を隠した表情をする場合)、子どもの場合は、感情と表情が直結することが多く、表情に着目することで、子どもの気持ちに気づくことができます。
2.試行錯誤を楽しむワクワクの体験を与えよう
先ほどお話したように、子どもの成長にとって、「近くの大人」の存在が必要です。
自分の反応に応答してくれる存在。
共感する人がいることで、子どもの感情は豊かになり、その気持ちは様々な「表情」に現れるのですね。
動画に夢中な子どもの表情が豊かでないのだとしたら、その原因は「一方通行」だからだと推察されます。
「わからなかったら何度も見ることが出来る」「くり返し同じものを見続けることで覚えやすい」など、「ダンスを覚える」ために動画はとても便利なツールです。
実際に人と向き合って練習をするのであれば、そうはいきませんから、とても効率的に見えますね。
ここで今一度振り返って欲しいことがあります。
「幼児期において、効率化は大切なのか」ということです。
保育所保育指針でも、幼稚園教育要領でも、この時期の幼児教育のキーワードは「試行錯誤」「直接体験」「人とのかかわり」です。
自分の身体をたくさん使って失敗を重ねながら、直接体験をする。
その経験の中には、学び合い励まし合う子ども同士の姿があり、表情を観察しながらその気持ちに共感し援助する大人の姿がある。
効率的ではないかもしれませんが、その経験なくして得られないことがたくさん含まれています。
子どもたちのたくさんの表情が目に浮かびますね。
3.バランスの取れた保育
現在、子どもたちの周りには当たり前のように電子ツールが存在しています。
保育の中でも、「ダンスを動画で覚える」「アプリを使った知育活動」「調べ物をネットで検索する」といった場面は、日常になっているかもしれません。
「子どもの発達」に沿っているものを取り入れることはいうまでもありませんが、もう一つ意識してほしいことは、「子どもの表情」です。
どんな顔で眺めていますか。
その目は生き生きとしていますか。
もし、動画で秋の青空を飛ぶ赤トンボを見てワクワクしている表情をしたお子さんがいたら、その気持ちを受け止め、保育のお散歩や活動の中で、実際にトンボを探しに行きましょう。
飛び方、止まり方、羽の使い方など。
子どもたちとじっくり観察をしてみましょう。
飼育(ヤゴから育てる)につなげてもよいかもしれませんね。
海洋生物学者であり、作家でもあったレイチェル・カーソンは、幼児期からの自然とのかかわりの重要性を説いた著書『センス・オブ・ワンダー』の中で、「知ることは感じることの半分も重要ではない」という言葉を残しています。
デジタルとアナログを行き戻りしつつ、直接体験を大切にしたバランスの取れたかかわりができると良いですね。
参考文献:
『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン 新潮社(1996)