赤ちゃんはなぜ抱っこが大好きなの? その1

『抱っこしている時はスヤスヤ眠っているのに、布団に置いた途端泣いてしまう。まるで背中にスイッチがあるみたい。』

『一日中抱っこで、何もできなくて辛い。』

『赤ちゃんはどうしてこんなに抱っこが好きなんでしょうか?』

とママやパパたちから聞かれることがよくあります。

 

どんなに愛しい我が子でも、長い時間ずっと抱っこし続けなければならなくなると、

『少しの時間でいいから、どうか抱っこしなくても泣かないでちょうだい。』

と願うようになるかもしれません。

そこで今回は“なぜ赤ちゃんは抱っこが大好きなのか”、そして抱っこが赤ちゃんにとっても、ママやパパにとっても、どんなに大切なものなのかお話したいと思います。

目次

1:赤ちゃんはなぜ抱っこが大好きなの?

2:抱っこしすぎると『抱っこ癖』がつく?

3: パパとママが「父親」「母親」になるには…

1:赤ちゃんはなぜ抱っこが大好きなの?

赤ちゃんが“抱っこ好き”なのには理由があります。それは生まれてくる前の環境が大きく影響していると言えるでしょう。

赤ちゃんは命が宿ってからこの世に生まれるまでの約10ヶ月間、お母さんの子宮の中で過ごしてきました。子宮の中は“羊水”という37~38度の水で満たされており、胎児はぬるま湯のお風呂の中にぷかぷか浮かんでいるようなイメージです。

そして臨月が近くなってくると、子宮が狭く感じられるほど胎児の体は大きくなり、胎児は体をまるく丸めて過ごします。この時期“背中はCの字のようなカーブ”を描き、“腕はWの形”“足はMの形”になっています。その名残で生まれたばかりの新生児も、まるく屈曲した状態で眠っていることが多いのです。

スイス人の生物学者、アドルフ・ポルトマン氏は、“人間の赤ちゃんは牛や馬に比べると1年早く生まれる『生理的早産』である”と言っています。

牛や馬は生まれるとすぐに自分の足で立ち上がり、歩くことができます。しかし人間は歩けるようになるまで約1年近くかかります。大人と同じ食べ物を食べることもできません。動物の中で最も進化しているはずの人間が、なぜ牛や馬よりも未熟な状態で生まれてくるのでしょうか?

それは、知能が進化しているからこそ人間は頭部(脳)が大きく、歩けるようになるまで子宮にいたら、産道を通ることができなくなってしまうからです。

そのため、人間の赤ちゃんは体がまだ未熟な状態でこの世に生まれるという『生理的早産』なのだと言われています。

身体的な成長段階を考えると、まだ子宮の中にいてもおかしくない人間の赤ちゃん。だから、『少なくとも首が据わるまでは胎児と同じように育てると良い。』と助産師の渡部信子先生は述べています。

子宮の中でまるまった姿勢で過ごしていた赤ちゃんは、生まれてからも足をMの形に曲げ、背中をCの字のようにまるまった姿勢でいることが快適だと言います。

また、37~38度の温かい羊水にゆらゆらと浮かんでいた赤ちゃんは、36~37度の体温がある人間に抱かれて、ゆらゆら揺れている方が心地よく感じるのだとも言われています。

布団は人間の体温に比べると冷たく、さらに平なのでまるまった姿勢を維持できず、背中や手足が伸びてしまいます。そのため、まるで“背中スイッチ”があるかのように、布団に寝かせるとすぐ気付いてしまうのでしょう。

ママやパパに抱っこされていると、もしかして赤ちゃんは子宮の中で守られているのと同じように感じて、安心するのかもしれませんね。

2:抱っこしすぎると『抱っこ癖』がつく?

『抱っこ癖がつくから、あまり抱っこはしない方がいい。』

『抱っこ癖がつくと自立が遅くなる。』

という言葉を聞いたことがありませんか?

筆者が産後ドゥーラとして家庭訪問型の産後サポートをさせていただく中で、たまにこのようなご心配をされているママや祖父母の方々と出会うことがあります。

1900年代頃アメリカでは、スキンシップや抱っこは非合理的だとし、“子どもに触れない育児法”が推奨されていました。その考え方が日本にも戦後入ってきたため、一時期『抱っこしすぎはよくない。』と、赤ちゃんが泣いていても抱っこを我慢する親たちが増えたそうです。

しかしアメリカの心理学者のプレスコット氏によると、アメリカで抱っこやスキンシップを排除した子育てを推奨した結果、他人と良好な人間関係を築けない子や不安・抑うつの強い子が増え、成長してからも問題行動を次々と起こすようになってしまったと言います。

その後数々の研究により、『抱っこは親子の絆を強め、子どもの心理的な安定感を促す重要な行為である。』ということがわかってきました。

今ではどの国でも、抱っこやスキンシップなどの親子の触れ合いは子どもの成長にとって欠かせないものだとしています。

私たち大人も、不安で緊張している場所では持っている能力を最大限発揮することは難しくなるかと思います。安心してリラックスできる場所の方が伸び伸びとチャレンジすることができるのではないでしょうか。

赤ちゃんも同じです。

ママやパパたちにたっぷり抱っこされ、十分なスキンシップによって得られた安心感が、世の中を探求していこうという自立の基盤になります。

だから、抱っこしすぎると抱っこ癖がつき、甘えん坊になってしまう。自立が遅くなる。わがままな子になってしまう・・・ということはありません。

ママもパパも、おじいちゃん、おあばあちゃんも、大人の方たちは安心して赤ちゃんをたっぷり抱っこして、「心」を育てていただけたらと願っています。

3: パパとママが「父親」「母親」になるには…

ママもパパも、赤ちゃんが生まれたらすぐに“母親”や“父親”になれるわけではありません。

かつて「母性」は“女性が生まれ持って備わっている本能”と思われていましたが、精神医学者のヘレーネ・ドイチュ先生は『「母性」は本能ではなく、女性が妊娠し、赤ちゃんと関わっていく中で形成されるものである。』と新しい定義を提示しました。

さらに現代の日本では家族形態が多様化していく中で、「母性」や「父性」の定義自体が疑問視されるようになり、女性と男性に共通する親役割意識や子どもへの感情を表現する言葉として「親性(しんせい)」という言葉が使われるようになりました。

では、赤ちゃんとどのような関わりを持つと「親性(しんせい)」は育まれるのでしょうか?

人間と同じ霊長類であるチンパンジーの子育ても同じだと言います。

人間に育てられたチンパンジーたちは、出産後初めて見る赤ちゃんザルに驚いて逃げ出してしまったり、赤ちゃんザルを抱きしめて授乳することを嫌がったりしたそうです。そこで、二度目の妊娠の時には、野生のチンパンジーが赤ちゃんを抱っこして育てている映像を見せたり、飼育員が抱っこできるように手伝ったところ、ようやく育児ができるようになったといいます。

出産しただけでは「母親」になれなかったチンパンジーたちも、一度抱くことができるようになると、赤ちゃんを片時も離そうとしなくなったそうです。

人間もまた同じように、赤ちゃんを抱っこし、赤ちゃんの肌に触れることによって、赤ちゃんへの愛情が芽生え、「母親」になっていくのだと言えます。

一方、実際に出産をしない男性は女性よりも“親になった実感が湧きにくい”という声をよく聞きますが、どうでしょうか?

臨床発達心理士の山口創氏は『パパが赤ちゃんを「我が子」だと確信を持つのは、知的な理解ではなく、赤ちゃんに触れた時に感じる“柔らかい”“あたたかい”“かわいい”などの強烈な情動体験によるもの』だとし、

“早期に触れれば触れるほど、子どもへの愛着は強まる”

と述べています。

パパが「父親」になるためにも「抱っこ」はとても重要な行為なのですね。

「一人の女性」として生きてきたママと「一人の男性」として生きてきたパパ。

そして、「一人の子ども」として生まれてきた赤ちゃん。

それぞれ違う人間同士が「抱っこ」というスキンシップを通して「親」となり、「家族」となっていくのだと思います。

初めての育児の場合、不安なことやわからないこともたくさんあるかもしれませんが、毎日の「抱っこ」を積み重ねて、親子の愛情を深めていただけたらと願っています。

【引用・参考文献】

ヒトの「生理的早産」 島田信宏 助産婦雑誌51巻5号

母性心理学      花沢成一 医学書院

親性とそれに類似した用語に関する国内文献の検討―親性の概念明確化に向けて―        大橋幸美 浅野みどり 家族看護学研究第14巻第3号

子供の「脳」は肌にある 山口創 光文社新書

赤ちゃんがすぐに泣きやみグッスリ寝てくれる本 渡部信子 すばる舎