ある保育園の園長先生とお話した時のことです。
私は仕事柄、保育園や幼稚園などの子ども関係の施設に伺うと、ついつい本棚に目をやってしまうのですが、その園の本棚には私の大好きな絵本がたくさん並んでおり、絵本談義に花が咲きました(本棚を見ると、担任の先生や園の方針がとてもよく伝わってくるのです)。
お話の中で、「良質な絵本は、子どもの琴線に触れる」という言葉が出てきました。
「琴線」とは、心の奥深くにある真情(感動や共鳴という感情)を琴の糸になぞらえている表現です。
本気でつくられたもの、素晴らしいものに触れると、人の心は動きます。
心の栄養ともいわれる「絵本」は、子どもにとっての教材であり、美術品であり、文化財でもあります。
今回は、いくつかの絵本をご紹介しながら、絵本の楽しみ方についてお伝えします。
1.本物を伝える
2.自分自身を重ね合わせる
3.遊び心を楽しむ
1.本物を伝える
世の中には、「なんとなく子ども向け」に作られたものが多く存在します。
「子どもだからこのくらいでいいんじゃない?」と、大人が手を抜いてつくったものは、残念ながら子どもはすぐ飽きてしまいます。
先日、とある施設に最先端の技術でつくられた自然を模した映像が流れていました。
一見すると、とても精巧に再現されている生き物たちですが、数分眺めて「これでは子どもはすぐに飽きてしまうだろう。」と感じました。
突然降りだす雨の中、のんびりと走り出す動物たち。
蝶が飛ぶ時の羽の動き。
風が吹いた時の木々の動き方。
・・・なにかが少しずつ、変なのです。
本物の動物の動きをしっかり観察していたら、きっともっと素敵な映像になったと思います。
五感で本物を味わう経験は、すべての土台です。
そこで、子どもたちにしっかりと向き合い、本物を伝えている作品(文化の視点、科学の視点)をご紹介します。
「だるまちゃんとてんぐちゃん」作・絵 加古里子 福音館書店
この作品をはじめ、だるまちゃんシリーズには、日本の民芸品がたくさん描かれています。
加古さんの日本の伝統文化を大切にしている想いが、絵本を通して伝わってくるのです。
子どもたちが読むときに、それに気づくことはないかもしれません。
教えることがゴールでは決してありませんが、「これ、なんだろう?」という子どもの気づきのきっかけを保育者が自然に与えられたら素敵ですね。
また、この絵本には身近なもの(生活)から工夫して遊びを生む姿が描かれています。
てんぐちゃんになりたいという気持ちでいっぱいのだるまちゃんを、家族みんなが応援している様子からは、大人が子どもと向き合う姿勢のあり方に気づかされます。
「だいこん だんめん れんこん ざんねん」作・絵 加古里子 福音館書店
加古さん科学絵本は、「川」「地球」「はははのはなし」などたくさんありますが、子どもたちとの活動につながる作品として、この絵本をご紹介します。
果物から建築物、海の底まで、、、、ワクワクする世界が広がります。
ことばの面白さも含めて、この一冊からさまざまな保育のアイデアが広がりそうですね。
正解を知る前の「予想する楽しさ」を子どもと共に十分味わってほしいと思います。
2.自分自身を重ね合わせる
絵本を読む(聞く)ことは、一見すると「受動的な行為」に見えますが、絵本の中の出来事を自分に重ね合わせたり、絵本の中で疑似体験をするなど、絵本を「能動的に楽しむ」こともできます。
共感と冒険、という視点で2冊ご紹介します。
「ちょっとだけ」作 瀧村有子 絵 鈴木永子 福音館書店
弟や妹が生まれたら、ぜひ親子で読んで欲しい絵本です。
お兄さんお姉さんになった子どもにとっては「共感」が、読み手の大人には「子ども理解」が広がります。
「あらしのよるに」作 きむらゆういち 絵 あべ弘士 講談社
オオカミと白いヤギが主人公の友情物語、シリーズでおすすめしたい絵本です。
それぞれの立場に重ね合わせながら、ドキドキを楽しめる本だと思います。
他者理解や思いやりについて、多くの気づきがある絵本です。
大人が読んでも読みごたえがある良書です。
3.遊び心を楽しむ
最後に、絵がない絵本、文字がない絵本をご紹介します。
「Little White Riding Hood(白ずきんちゃん)」 ブルーノ・ムナーリ Corraini社
絵がない絵本を書いたのはブルーノ・ムナーリです。
ムナーリは、子どもの創造性を刺激し育てるための実践を重ね、美術・デザイン・絵本など、さまざまな分野で独創的な作品を残した20世紀を代表するデザイナーです。
この「白ずきんちゃん」というお話は、雪の中にいる真っ白な服を着た白ずきんちゃんのお話で、すべてのページが真っ白という、想像力のみで楽しむ絵本です。
ムナーリは、実験を大切にした人でもあり、ムナーリらしさが溢れる絵本だともいえます。
子どもの想像力がいかに偉大かを試してみたかったのかもしれません。
「木をかこう」作 ブルーノ・ムナーリ 訳 須賀 敦子 至光社
同じムナーリの作品として、保育者の視野を広げるという視点で大人向けの本を紹介します。
葉脈から木を描くなど、子どもだけでなく大人へもたくさんの気づきや豊かな視点を与えてくれる絵本です。自然物と触れ合うこと、素材に触れることは、子どもにとって無限の世界を広げることなのだと、再確認できるでしょう。
「旅の絵本」 作 安藤光雄 福音館書店
「旅の絵本」は全部で8冊のシリーズとなっていますが、今日は中世ヨーロッパ(1冊目)をご紹介します。
年中長になると、「ミッケ!シリーズ」ような視覚探索絵本を好む子どもたちが増えてくると思います。
この旅の絵本の中には、イソップ童話のキャラクターやブレーメンの音楽隊、ゴッホの名画、赤ずきんとオオカミなど、隠れた場面がたくさん描かれています。
寝ているうさぎと坂道を登る亀、みにくいアヒルの子などなど、子どもたちと一緒に宝探しをするように楽しめるかと思います。
近年、サイレントブックといわれる「字のない絵本」が注目を浴びています。
多様性社会の中で、言葉がなくても楽しめる本は、言語の壁を越えて楽しめる可能性を秘めています。
児童文化財である絵本をどのように保育に活かしていくかは保育者次第です。
ぜひ、さまざまな絵本を手に取り、可能性を探ってみてください。