電車でのエピソードと集団心理

皆さんは、「集団心理」について考えたことはありますか。

心理学と聞くと、「一人ひとりの心」に目が向けられることが多いかもしれません。

本日は、「個」と「集団」という、二つの軸から「心」について、お話しようと思います。

先日、電車の中でのエピソードです。

2歳くらいの女の子と、5歳くらいの男の子を連れたお母さんが朝の通勤電車に乗り込んできました。始発駅から席に座っていた私は、お母さんに席を譲りたかったのですが、混雑のため声をかけることが出来ずにいました。

電車のリュックを背負った男の子は、窓の外を眺めて、一生懸命お母さんに話しかけています。お母さんは下のお子さんをあやしながら、男の子の話をしっかり受け止めています。

混雑が落ち着き、私はお母さんにお声をかけて席を譲りました。

私は、電車の窓から離れない男の子の横に立ち、彼が手にしていた電車の絵本を見ながら、電車クイズを始めました。

「この電車の名前は?」「南海ラピート!」

「正解!よく知っているのね。この電車のどこが好きなの?」

「○○なところ!でもこっちの電車の方が好きだよ!じゃあこの電車の名前、知ってる?」

電車が大好きだった息子の幼い頃を思い出しながら、とても楽しい時間を過ごしました。

「お子さんも電車が好きなのですか?」とお母さん。

それをきっかけに、子育ての話に花が咲きました。

「子どもを預けられなくて、子連れでの通勤電車に乗ることがとても不安だったのですが、出会えてよかったです。子育ての話もすごく参考になりました!」

「私の方こそ、朝から楽しい時間をありがとうございました。わが子の小さい頃を思い出し、懐かしくなりました。」

と、笑顔で別れました。とても気持ちの良い朝でした。

目次

1.人間は社会性の生き物
2.集団の中での行動
3.やわらかいつながりのある社会へ

1.人間は社会性の生き物

このエピソードの中には、様々なコミュニケーションがありました。

男の子と私、男の子とお母さん、お母さんと私。

そして直接的な会話はありませんでしたが、三者のやりとりをじっと眺めていた女の子にも、非言語的なコミュニケーションがありました(多くの言語を習得する時期である2歳の女の子にとって、周囲のやり取りをじっと観察することは、言語的なコミュニケーションの土台となります)。

人間は、「社会的な生き物」です。一般的に社会的と称される生物は、血のつながる親子や兄弟姉妹の集団で生活を営んでいます。それに対して人間は、家庭以外にも、学校や会社など、全くの他人と集団を形成し、他者と親和する時間が多く、その活動は、時間と空間をも超えて結びついています。 私たち人間は、他の生物に比べ、「他者を必要とし、他者との交流を求めている」と言い換えることもできるでしょう。

2.集団の中での行動

アメリカの社会心理学者ラタネとダリ―は、人間の「援助行動」について研究した人物です。彼らは、人間の援助行動は、居合わせた人の数が多いほど起こりにくく、起こっても遅く起きることを明らかにしました。そして、この現象を「傍観者効果」と名付けました。

例えば、駅で人が倒れた時、「これだけの人がいるのだから、きっと誰かが救急車を呼んでいるだろう」と思い、自分から行動を起こすことを控えてしまうことは、「傍観者効果」と言えます。その場に自分だけしかいなかった場合は、率先して行動が出来る援助行動も、周囲の環境で控えてしまうというのは、人間らしい行動といえるかもしれません。

この他にも、集団が個人に与える影響には様々あります。「同調圧力」という言葉を聞いたことがありますか。「同調」とは、他者や集団が示す期待に沿って、集団に合わせた行動をとることをいいます。周りの空気に合わせて、自分の意見を変えてしまうような場面は、誰でも一度や二度経験があるのではないでしょうか。これも、ある意味では、人間が社会性を持つ生き物だからこその行動といえます。

3.やわらかいつながりのある社会へ

コロナ渦で、世の中は一気にオンライン化が進みました。遠く離れた場所にいてもつながることが出来るといった、素晴らしいメリットもたくさんある一方、以前に比べて対面でのコミュニケーションが大きく減ったことにより、心に不安を抱える人も増えました。

文部科学省が発表した調査結果によると、2021年4~12月に新型コロナウイルス感染症を理由に国公私立大学・高等専門学校を中退した人は前年同時期の約1.4倍、休学した人は前年同時期の約1.3倍に増加しました。大きな要因として、感染拡大でオンライン授業が増えて大学に通う機会が減少し、周りと交流できない状況が長期間続いていることが背景にあるとのことです。

以前、ベテランのカウンセラーの方が、このように話していました。

「夜泣きに悩む保護者に対して、自分たちのような心理学の専門家が話すよりも、隣近所の人の『うちの子も夜泣きをしていたから心配しないでも大丈夫よ!』という明るい声掛けの方が、ずっとパワーがある時があるのです」と。

人間は、環境の一部ですが、同時に、自ら発信し、環境を生み出す存在でもあります。私たち一人ひとりが、集団の空気を作ることが出来得る存在なのです。

一人ひとりの心がけで、人と人のつながりが自然に生まれ、お互いの心に温かい循環が生まれるような、そんな「やわらかな社会」を育みたいものですね。